第七回 初めてのカウンセリング

始めは雑用もカウンセラーの仕事という哲学を持ちながら何とか楽しんでコピー取りやFAX等をしていたけれども、何時までたっても同じ仕事の繰り返しで何も変わらず日々が過ぎていく事に嫌気を感じ始めたある日の午後、シュタンスプリング先生が一人の泣きじゃくる女の子をオフィスに連れてきた。先生は僕にとりあえず話しを聞いてあげてくれというのでオフィスとは別室の部屋に彼女を連れていき、話を聞く事にした。実践のクラス等で実際のクライアントを持ったカウンセリングは経験していたのだが、そのクラスのクライアントは大学生で、あるカウンセリングのクラスを取っている言うなればカウンセラーの卵達なので、実際の何のカウンセリングの知識もないクライアントを持つのはこれが始めてである。とりあえず、「どうしたの?」と聞くとあるクラスの男生徒が彼女をけなしたという話。正直な話こんなケースは扱った事がない。今まで学校で習い、実習のクラスでも経験した事はそのクライアント自身に何かしらの問題があるのであって、他人ではなかった。「こういう時はどうすればよいのだろう?」「その生徒を呼んで事実確認をした方が良いのだろうか?それとも、その女の子がたくましく生活していけるようにその男の子と戦えるよう、もしくは言った事を無視できるよう励ましてあげるほうが良いのだろうか?」などなどのアイディアが頭を駆け巡る。とりあえず、「どういう状況?」「その男の子はどれくらい近い関係?」「他のあなたの友達は助けてくれなかったの?」と聞いてみると、全てがパーフェクトな答え。その男の子と一緒のクラスは日に一日しかなく、ほとんど関係はない。しかも、多くの彼女の友達もそのクラスをとっていて、皆彼女をかばってくれている。「それでは、これからどうすればいいの?」と聞くと「彼にはなるべく近づかないようにする。」という答え。この答えには正直とまどった。僕の今だ残る日本的考えではあくまで調和を目指すのであって、無視することではない。しかし、ここはアメリカ。アメリカの教育では問題が起こりそうならそこには近づかないようにするという方針である。そして、なによりも、それが彼女の一番望む答えならどんな答えでもクライアントにとって一番の答えを受けいれるのがカウンセラーの仕事である。だから、僕は「そうだね。」と言ったのはいいものの、今だ泣き、怒り止まない。しかたないのでとりあえず本件から離れ、冗談まじりに世間話を始めると、みるみるうちに顔がほころび、最後は元気よくクラスに帰っていった。その事をシュタンスプリング先生に報告すると、たいていの子はカウンセラーの所に答えを探しにきているのではなく、はけ口を見つけにきているのである。つまり、ただただ話を聞いてあげるのも学校では重要なカウンセリング活動なのである。

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