「カウンセラーという仕事は人のために働いているようにみえて
実は自分のために働いているのかもしれません。」

山名先生の、この対人姿勢に私は深く頷きます。
何故かと言えば、対人援助とは、ともすれば自らの救世主願望に陥りが
ちな危うさを含んでいるものでもあるためです。
この場合の「自分のために行っている」という点を見据える動作は、
むしろ「人助けをする己に酔いしれないことの表れ」にあたるのではな
いでしょうか。

他人の為の善意に見せかけることは、意外と簡単です。味方のフリをす
ればよいわけですから。
その人をもてなしたり、持ち上げれば良いのです。
そうして相手が喜びすがってくれれば、一見して株が上がるのは他なら
ぬフリをした側です。

しかしながら、これのみでは決して「人のため」とは言い難いと私は思
います。
日常でも褒められた行為ではありませんが、カウンセリングであれば尚
のことです。
何も考えずにもてなし持ち上げることでは、人は決して問題解決を導く
ことは出来ません。
このことは、自己成長とは逆方向へ歩かせるようなものなのです。

そうであればこそ、クライエントの自己物語においてのカウンセラーは
英雄ではなく、脇役足りて…「脇役を全うする」という己の物語の主役
たりて初めて、クライエントの心に寄り添える。カウンセラーによる援
助とは、そうしたものであるのかもしれません。

山名先生による冒頭の文章に触れながら、上記紹介文を私は綴ったので
した。
ここを見据えられた点において、先生はカウンセラーであると私は思い
ます。

個性様々なクライエントにとっての、自立と自己成長を目指すとはどう
いったことなのか?
私を含め、カウンセラーにとっては大切な関心ごとです。